RSS|archives|admin

20050417★斎藤大工

2005.04.17 Sun
「W邸をつくったのは斎藤大工」
お習字の斎藤先生のお義父さんが大工だったなと、その足で聞きに行く。
書道教室はW邸と同じ川沿いにあり歩いて2、3分。
050417_01.jpg
▲W邸・二階建具


「元気だった?お茶のんでいきな」と先生。「この先にあるWさんちって斎藤大工がつくったんだって。先生のお義父さんかなあ?」「ひょっとしたら、そうかもしれないねえ」「昭和初期に建てられたんだって」「じゃあ可能性はあるねえ」そう言ってお義父さんのことを思い出しながら話してくれた。

050417_05.jpg
▲W邸・階段


名前は斎藤真作。第二次世界大戦末期の昭和18~19年頃、満州へ。
終戦後「これから帰る」という手紙と、そのあとガラクタだけの荷物が届いた。本人は帰って来なかった。「おそらく金目の物は全部盗られちゃったんじゃないか」と家で話してたそうだ。近くにある「文殊院」(熊谷市箱田7-1-5)も建てたらしい。

050417_06.jpg
▲W邸・一階建具など



Category:くまがや | Comment(0) | Trackback(0) | top↑ |

20050417★こんなに素敵な家が残っていたなんて

2005.04.17 Sun
熊谷で「川沿い作品展」拝見。成田用水(箱田用水)沿いのお宅が庭先を開放して作品を展示されてます。
いつも通っている道だけど、中まで拝見したことがなかったので驚きました。

ボールペンしか持っていなかったけど絵の具があったので、お家の方へ声をかけてスケッチ開始。
050417_02.jpg
▲外観
道路側からだと、この家の素晴らしさに気づきにくい。

050417_07.jpg
▲でも玄関の柱意匠が近代建築好きに「あれ?」と思わせます。

050417_04.jpg
▲応接室
興奮して描き続けてます。

050417_08.jpg
▲一階建具など
初めてお会いしたのに「どうぞ二階もあがって見てください」「おなかすいたでしょ」とお世話になってしまいました。W邸は昭和五年か六年に建てられたそうです。熊谷の空襲で前に流ている成田用水のおかげで戦火を免れたとか。「どなたがつくったかご存知ですか?」と聞くと「斎藤大工」と即答!されました。箱田は職人さんが多く住んでいたと聞くので近所の大工さんかもしれません。


Category:くまがや | Comment(0) | Trackback(0) | top↑ |